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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)8066号 判決

原告

上手敏裕

被告

浅香英之

主文

一  被告は原告に対し、金一九七三万〇一二二円及び内金一七九三万〇一二二円に対する平成二年四月七日以降支払済みまで年五分の割合の金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを七分し、その三を原告、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金三四八二万九五七一円及び内金三一六六万三二四六円に対する平成二年四月七日から支払済みまで年五分の割合の金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自損事故を起こした乗用車に同乗し傷害を負つた原告が、その運転者である被告に対し、不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。

一  争いがない事実

1  原告は、平成二年四月六日午前一時五〇分頃、大阪府東大阪市善根寺町六丁目九一〇番地五の先において、被告運転の普通乗用自動車(和泉五二ぬ八五六五)(本件車両)に同乗していたところ、被告の運転の誤りにより、本件車両がガードレールに衝突した(本件事故)。

2  原告は、本件事故により、第一腰椎骨折の傷害を負い、外傷性イレウスを併発した。

3  原告は、本件事故の治療のために、事故当日から同年五月八日まで若草第一病院に入院したが、その間の同年四月一九日イレウス症が出現し、同年五月八日から同年七月四日まで大阪府立病院に入院し、同年六月一一日にイレウスの手術を受け、同年七月二四日から同年八月一四日まで、同病院に入院し、同年八月一日後方固定術、骨移植術を受けた。また、同年七月五日から平成三年八月一二日まで、同病院に通院し(実通院日数八日)、同日症状固定した。

4  原告は、右後腸骨部欠損の後遺障害を負い、それは、自賠法施行令二条別表記載の後遺障害等級一二級五号(以下級及び号のみ記載する。)の骨盤骨の変形に該当する。

5  原告は、被告から、本件事故に基づく損害賠償の内金として治療費六六万〇七三八円の支払いを受けた。

二  争点

1  原告の脊柱に関する後遺障害の内容、程度、本件事故との因果関係及び評価

(一) 原告主張

原告は、本件事故により、体幹前屈障害、脊柱第一、第二腰椎間での可動性消失、胸腰椎部運動傷害(前屈三〇度、後屈一〇度、右屈二〇度、左屈二〇度、右回旋三〇度、左回旋三〇度)、右後腸骨部の欠損の後遺障害を負つたものであつて、胸腰椎の運動障害等は脊柱の運動障害を残すものとして八級二号に該当し、前記右腸骨部欠損(一二級五号該当)と併合して七級が相当である。

(二) 被告主張

事実は知らず、その評価は争う。

原告の脊柱に関する後遺障害は、脊柱変形障害の一一級七号であり、右骨盤骨変形障害と併合して一〇級が相当である。

胸腰部に運動制限が生じた場合の後遺障害等級認定は、可動域の測定値のみによつて評価するものではなく、器質的な原因に基づくものであつて、なおかつ、当該運動制限が将来的に残存していくことが証明される程度のものについて、脊柱の運動障害として格付等級評価を行うべきものである。そうだとすると、胸腰椎の可動性は医学的には下位腰椎が中心となることから、上位腰椎である第一、第二腰椎(L1、2)の二椎体間の固定のみでは可動域が本件のように大きく低下する器質面での異常としては認め難いところである。また、前屈がしづらいとの訴えであるが、後屈についての記載はないのに、正常可動域前屈四五度、後屈三〇度に対し、原告の可動域は、前屈三〇度、後屈一〇度であつて、後屈の方が制限が大きく、訴えと矛盾する。加えて、腰痛も訴えており、疼痛による可動域低下も考えられるものの、この場合は疼痛性の障害として評価して、神経症状の一二級一二号ないし一四級一〇号と変形障害の一一級七号の上位等級で評価するのが自賠等級認定実務である。したがつて、本件は、高度な運動障害が器質的な原因に基づき将来的に残存するとは到底捉え難い。

2  後遺障害逸失利益

(一) 原告主張 二九四〇万五七三三円

原告は、昭和四七年三月一二日生であつて、症状固定時満一九歳であつたところ、平成二年賃金センサス産業計・企業規模計・男子労働者一九歳の平均年収は二一七万六五〇〇円であり、七級の労働能力喪失率は五六パーセントであつて、労働可能年齢である六七歳までの四八年に対応するホフマン係数は二四・一二六であつて、これらを乗じた金額が逸失利益となり、その額は、右のとおりである(なお、原告の症状は腰椎固定術によつて固定化されているのであるから、喪失期間は、労働可能年齢までの全期間と解すべきである。)。

(二) 被告主張

前記の原告の後遺障害の内容、程度からすると、労働能力への影響は一一級相当の二〇パーセントというべきであつて、年齢や症状からして喪失期間についても、せいぜい二〇年と思慮される。

3  その余の損害

(一) 原告主張

入通院慰藉料二〇〇万円、治療費八三万三一四八円、入院雑費一四万五六〇〇円、通院費等二万〇五〇〇円、後遺障害慰藉料八〇〇万円

(二) 被告主張

治療費のうち被告の負担した六六万〇七三八円は認め、その余の事実は知らず、主張は争う。

4  好意同乗減額

(一) 被告主張

原告は、遊びのために深夜諸石と被告と語らつたうえで、被告の車両に好意同乗していたもので、いわば暴走行為を共同して実施した危険関与型といえるもので、運行利益も同一であるから、少なくとも全損害につき二〇パーセントの好意同乗減額がなされるべきものである。

(二) 原告主張

争う。

(なお、被告は、原告が、好意同乗を理由とし、損害を二〇パーセント減額した旨の主張を撤回したのに対し、前提事実の自白の撤回として、異議を止めるものの、減額の対象となり、自白の対象となる事実の主張としては、単に、「好意同乗」では足りず、危険に関与した事情等の、公平の観点からして過失相殺すべき具体的事実の主張が必要であるところ、原告の主張はそのような具体的な主張は一切なかつたので、撤回を制限される事実主張としての自白には該当しない。)

第三争点に対する判断

一  原告の後遺障害の内容、程度、本件事故との因果関係及び評価

1  原告の治療経過及び症状の経過

前記争いのない事実に甲二の一ないし七、甲三、乙六、七、乙九の一、二、原告本人尋問の結果を総合すると、以下の事実を認めることができる。

原告は、本件事故によつて負つた第一腰椎骨折の治療のために、事故当日から同年五月八日まで若草第一病院に入院し、同年四月九日からギプス固定したが、同月一九日外傷性イレウス症が出現したため、ギプスカツトし、保存的療法で軽快、増悪を繰り返したので、同年五月一日ギプス除去した。なお、原告は、本件事故後、運動時に腰痛があり、前屈がしづらい旨を訴えていた。

原告は、イレウス治療のため、同年五月八日から同年七月四日まで大阪府立病院に入院し、同年六月一一日に小腸部分切除の手術を受けた。

その後、イレウスの経過が順調であつたため、第一腰椎骨折の治療を再開し、第一、第二腰椎間の安定性を得るため、同年七月二四日から同年八月一四日まで同病院に入院し、同年八月一日第一、第二腰椎後方固定術(ミズホ後方という術式であり、具体的には、金田ロツドで固定した。)及びそのための骨移植術を受けた。原告は、入院中である同月八日から同年一〇月一五日まで脊椎硬性装具というギプスで固定された。また、原告は、前記入院期間の前後、同年七月五日から平成三年八月一二日まで、同病院に通院し(実通院日数八日)、同日症状固定した。

2  原告の後遺障害診断時の症状

甲三、原告本人尋問の結果によると、以下の事実を認めることができる。

平成三年八月一二日の後遺障害診断時には、原告の自覚症状は、時に腰痛があり、前屈しづらいということであつて、またその他自覚症状としては、体前屈位での指尖と床との距離は三五センチメートルであつて、脊柱は、第一、第二腰椎間が後方固定術が施行されており、この間の可動性が消失しており、胸腰椎部の前屈が三〇度、後屈が一〇度、側屈が左右とも二〇度、回旋が左右とも三〇度であつたが、常時のコルセツトの装着は不要で、骨盤骨(右後腸骨)が採骨のため欠損していたというものであつて、医師の判断によると、症状は固定化し、改善の余地がないとのことであつた。

原告は、運動時に強い腰痛があり、長時間座つていると腰がだるくなり、また、重い荷物は持てない状況である。

3  当裁判所の判断

一般的に、胸腰椎部の正常可動域は、前屈四五度、後屈三〇度、側屈は左右各五〇度であり、回旋は左右各四〇度であること、自賠算定実務上、八級二号というためには脊椎の可動域がほぼ二分の一に制限されている場合をいうとされており、その判定をするには主たる運動である前後屈の可動域を合計して判断していることは当裁判所に顕著であるが、形式的にはその要件に該当しなくとも、他の方向の可動域等を考慮して、それに相当する損害がある場合には、同様に解すべきところ、原告の、前記認定の後遺症診断時の胸腰椎部の運動に関しては、可動域は、自賠が主に考慮する前後屈についても二分の一をやや上回るに過ぎず、側屈は五分の二であることからすると、脊椎の可動域制限がある程度重大なものであることは窺えるものの、回旋については正常の四分の三運動が可能であり、前後屈についても、現実に最も重大な運動である前屈については、正常の三分の二運動が可能であることを考えると、実質的・総合的に考えても、原告の胸腰椎部の可動域がその二分の一制限されているとまではいえない(また、原告の腰椎固定術の対象が第一、第二腰椎であるが、乙一〇によると、一般的に胸腰椎の運動に関してより強く影響するのはより下部の第三、第四、第五腰椎であると認められるところ、そこには直接受傷はなく、固定されたのも一部位にすぎないことからすると、原告が、本件事故後前屈障害を訴えたこと、医師も特に因果関係に疑いを持つたと窺えないことをもつてしても、正常値と原告の値との差がすべて本件事故による器質障害によるものとの立証がつくされているかについても疑問がある。)。

ただ、前記認定のとおり、腰椎後方固定術が施されているため、脊柱の変形障害が認められ、それは、一一級七号に該当する(なお、原告には腰椎が認められ、その内容、程度からすると、一二級一一号に該当すると考えられるところ、変形と同一部位に関するものであるので、上位等級である一一級七号に含んで評価すべきである。)。

二  後遺障害に基づく逸失利益 一四一七万七七六四円

1  原告の稼働状況

甲一、原告本人尋問の結果によると、以下の事実が認められる。

原告(昭和四七年三月一二日生、事故当時一八歳)は、本件事故時は、高校を卒業した直後で、自動車整備を教える一年制の松原職業訓練学校に入学すべき入学式当日であつたが、この事故によつて、前記の治療のため、通学日数が足りなくなり、平成三年四月に同学校に入り直し、一年間同学校に通つて卒業したが、実習中は、原告の身体のことが考慮され、車の下にもぐらされたり、重い荷物をもつたりはしないように配慮されていた。原告は、卒業後、トヨタカローラ南海に、自動車整備工として入社したものの、仕事をしていても腰が痛く、家に帰つても苦しかつたために、続けることができなかつた上に、整備工として入つたため、他の仕事への転換もままならないだろうと考え、一ケ月程度で退社した。その後、原告は、雑誌を見て仕事を探したものの、自分で適当と考える職場が見つからなかつたため、就職はせず、両親からの援助で生計をたてている。なお、たまに、友人宅でボタン付け作業を手伝い、給与を貰うことがある。

2  当裁判所の判断

前記認定の後遺障害の内容からすると、直接等級認定されているものは脊柱変形障害及び骨盤骨変形障害としてであり、その等級は併合一〇級であること、他に、現実に原告の稼働能力ひいては就労を制限しているものとして、胸腰椎部の可動域制限(通常のほぼ二分の一までの制限にはいたらないものの、前記認定の事実から、本件事故と因果関係があると推定される部分のみでも、相当程度の制限はあると認められる。)及び相当程度の腰痛の神経症状があり、それらによつて、原告は、本件事故当時目指していて、そのための専門学校への入学も決まつていた自動車整備工を断念せざるをえなかつたこと、デスクワークも腰痛のためある程度制限されざるをえないこと、肉体労働についても自ずから制限があると思慮されることからすると、症状固定時である一九歳から稼働可能年齢である六七歳まで平均して二七パーセントの就労の制限があると解するのが相当である。そこで、新ホフマン係数で中間利息を控除し、平成二年賃金センサス産業計・学歴計・男子労働者の一九歳の平均年収である二一七万六五〇〇円を基礎として逸失利益を算定すると、左のとおりとなる。

217万6500円×0.27×24.126=1417万7764円(小数点以下切り捨て、以下同様)

三  その余の損害

1  入通院慰藉料 一五〇万円

前記認定の症状、入通院経過等を総合すると、右をもつて相当と認める。

2  治療費 八三万三一四八円

被告既払いの六六万七三八円については当事者に争いがなく、甲四の一ないし六、八ないし一九によると、他に一七万二四一〇円を認めることができる(なお、甲二の八については、甲四の八ないし一四と時期が重複しているので考慮しない。)ので、それらを合計すると、右のとおりとなる。

3  入院雑費 一四万五六〇〇円

前記認定のとおり、原告は、本件事故に基づく傷害によつて、一一二日間入院したところ、その一日あたりの雑費としては一三〇〇円をもつて相当と認められるので、左のとおりとなる。

1300円×112=14万5600円

4  通院費等 否定

認めるに足りる証拠はない。

5  後遺障害慰藉料 四〇〇万円

前記認定の後遺障害の内容、程度、等級等からすると、右をもつて相当と認める。

6  損害合計(後遺障害逸失利益も含む。) 二〇六五万六五一二円

四  好意同乗減額

1  前提事実

当事者に争いがない事実1記載の事実に、乙一、乙二の一ないし四、乙三ないし五、原告本人尋問の結果によると、以下の事実を認めることができる。

本件事故現場は、北から南西に緩やかなカーブを描く、アスフアルトで舗装された平坦で、乾燥した道路であつて、南西方面に三・六度の下り勾配で、最高速度は四〇キロメートルに規制されており、進路変更は禁止されていた(その概況は別紙図面のとおり。)。本件事故現場は市街地ではなかつた。本件事故は、原告が、友人である被告の運転する乗用車(本件車両)に、友人である諸石とともに同乗し、生駒山にドライブした後、堺市内に帰る途中に起こつたものである。その際、被告は、本件車両を運転して、北から南西に、時速約八〇キロメートル程度で下つていたものの、原告や諸石は、特に止めるよう注意をしなかつた。被告は、別紙図面〈1〉に差しかかつたところ、遅い車が前方の同図面〈A〉付近を走つていたため、四速から三速へシフトダウンし、左から追い抜こうとしたところ、同図面〈2〉付近で後輪が左に滑り出し、ハンドルを左に切つて態勢を立て直そうとしたところ、同図面〈4〉付近で左側ガードレールに衝突した。

2  当裁判所の判断

これらの事実からすると、本件事故は深夜のドライブの際に起こつたこと、その原因は原告の友人であつて、運転者である被告の違法な追越し及び著しい速度違反にあるところ、それ以前に原告は、速度違反を止めたことはなかつたことが認められ、少なくとも容易に被告の危険運転を知りうる状況であつたのにそれに対し何らの注意も与えていなかつたものであるから、危険をある程度容認していたないしそれと同視できる状態であつたと認められ、公平の見地から民法七二二条を類推して、損害全体から一割減額するのが相当と認める。

3  減額後の損害 一八五九万〇八六〇円

五  既払い

右損害額から、前記認定の既払い額六六万〇七三八円を控除すると、一七九三万〇一二二円となる。

六  弁護士費用 一八〇万円

本件訴訟の経緯、認容額からして、右金額をもつて相当と認める。

七  結論

よつて、原告の請求は、一九七三万〇一二二円及び内一七九三万〇一二二円に対する本件事故時以降であることが明らかな平成二年四月七日から支払済みまでの民事法定利率である年五分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 水野有子)

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